(株)大川石材の2017年~2018年にかけてのニュースです。
平成30年6月9日(土)~10日(日)にサンメッセ香川にて開催された「庵治ストーンフェア2018」で、光栄にも弊社製品が主催者賞に選ばれました。
上下蓮華付五輪塔(13.5寸玉)
庵治石細目(最上級材0番)庵治石中細目
お寺のご住職のお墓です。
今回の受賞した「上下蓮華付五輪塔」は、施主様の「代々続く形状に合わせたい」とのご要望により、独自の形状になっています。また、サイズも13.5寸玉と大きく、庵治石の細目と中細目の混合となっています。
お客様から「お世話になっているお寺なのでしっかり作ってほしい」と申し受けました。
今回の主催者賞受賞は、ご依頼いただいたお客様にも喜んでもらえました。
賞をいただいた『上下蓮華付五輪塔』の他、墓石では庵治石細目の『尺角3重台』『尺角布団付香川型4重台』『8寸角名古屋DX型3重台』、大島石(石善-青)『8寸角スリン付名古屋DX型4重台』を出展しました。
他にも手元供養や自然肌を生かした石の器の展示も行い、例年とは少し変わった展示品も見ていただくことができました。
弊社ブースに多くのお客様が立ち寄ってくださったことをありがたく思います。東北や九州と遠方からも足をお運びいただいたことに感謝申し上げます。
東京都千代田区大手町と中央区日本橋本石町との間の日本橋川に『常磐橋』という名の歴史ある橋が架かっています。
その常磐橋の修復工事が2013年より始まりました。
弊社はその修復工事における石橋の部材の修復、修繕作業の一部を担わせていただきました。
常磐橋は、天正18(1590)年の架橋と言われており、東京で最も古い橋のひとつです。寛永6年(1629)年からは常盤橋門の見附橋として活躍した重要な橋でもあります。
「常盤」の由来については諸説ありますが、『金葉和歌集』(巻1)の「色かへぬ松によそへて東路の常盤のはしにかかる藤浪」に由来。または、「徳川氏=松平氏」と松が持つ常盤(常緑)を掛けて同氏の繁栄が続く事を願ったとする説が有力です。
明治10(1877年)年、石造のアーチ橋の常盤橋が造営。その後、現在の常盤橋が造営されたことで、旧橋は「常磐橋」と呼ばれるようになりました。
その後、関東大震災や空襲などで損壊し修復を繰り返しています。
平成19(2007)年3月28日に常磐橋・常盤橋はともに千代田区景観まちづくり重要物件に指定されました。
2011年より常磐橋(旧橋)は経年と東北地方太平洋沖地震の影響による損傷で通行禁止となっていました。
今回、常磐橋を修復するための部材のいくつかを担当させていただきましたが、その際、明治に造営された当時の部材をそのまま残すことが求められました。そのため、修繕する全ての部材が替えのきかない唯一の石となります。
失敗の許されない仕事。その緊張感は通常の仕事とはまた違ったものでした。
※常磐橋、欄干部分の部材。すっかり傷んでしまっています。しかし、どの石も貴重な文化財の一部です。
古い石橋の部材の中で、欠損した部分は接石をおこないます。接石の方法については、熊本から来ていただいた技術指導者に専門的な接着技術を学びました。
この『接石』の技術は一般的な接着作業とは異なり、細かく決まりごとがあります。かなり複雑で手間がかかりますが、その代わりに強固で精度の高い接着となります。
この技術は、大変な学びであり、普段の仕事においても生かすことができます。
※今回おこなった『接石』にはしっかりと石と石とを接着するために、複雑な工程と決まりごとがありました。
手間はかかりますが、その実合理的でどれも理にかなったものです。
また、修繕前の常磐橋の部材には失われてしまった部材もありました。その失われた部材は常磐橋に使用している石種と同石種を新たに用意し、それに対して明治時代当時の加工技術で再現することになっていました。
当時の加工技術を持っている職人は現代では少なくなっています。
今回、文化財としても重要とされる常磐橋の改修に関われたのは、伝統技術を受け継いでいたからこそだと思っています。
弊社がおこなった作業は部材の加工です。これ以降、施工などは現地の職人がおこなっていかれます。
三年がかりで解体され、部材が修復、準備された常磐橋はこれから再建されていきます。
常磐橋に使用されていた石は岡山県の犬島で採れる犬島石です。岡山から遥か東京まで石が運ばれたことを思うと、改めて、瀬戸内で採れる花崗岩の質の良さ、また、海路があることで、運送に適していたことがうかがえます。
今回、歴史的にも由緒においても価値ある常磐橋の改修に関われたことは本当に光栄です。ありがたいことだと感じます。
部材の修繕をおこなう過程で、普段と違った学びや経験も得ることができました。
常磐橋の完成を見る日が今からとても楽しみです。
2017年12月、岡山県倉敷市の墓地内に庵治石細目最上級材0番のみを使用した墓所を建立いたしました。
お施主の父親も庵治石製のお墓が同じ墓地内にあり、「自分の代でもしっかりとしたお墓を建てたい」との思いをお受けいたしました。
間口:4.34m 奥行き:3.58m
竿石:尺角、高さ6尺
外柵:磨き仕上げ、根石部分一部ビシャン仕上げ
床石:ビシャン仕上げ 総使用才数:85.32才
今回、自らの石工人生で初めて墓所外柵に「香川県高松市 石工 大川弘展 謹製」と刻ませていただきました。
お施主様から名を刻ませていただく許可を賜ったことに対し、光栄と感じるとともに、製造における大きな責任を感じました。
忘れることのできない製品の一つになったと思います。
【不同沈下を起こさないための基礎作り】
新しく土を入れ直す必要がありました。墓地全体の土を深さ1m掘削し、2tダンプ車で12台分排出した後、新真砂土を土壌改良剤を混ぜながら埋め戻しました。
大変な作業ではありますが、後々の不同沈下を防ぐため地中をしっかりと作ることに細心の注意を施しました。
1週間かけて、墓所内に7mの杭を30本打ち込み、コンクリートも約20トン使用、それに合わせて鉄筋もしっかりと入れ、堅硬な地盤補強を行っています。
【通気性と排水機能】
カロートの通気性や排水機能にも配慮した特殊な工法も併用しています。永く良い状態を保つための配慮です。(写真2、3)
【運搬の下準備】
今回の墓地が山中でしたので、重機や部材の運搬のための通路作りから始めました。(写真4)
写真2
写真3
写真4
外側からは見えない部材まで全て庵治石細目最上級材0番(採掘元:有限会社 太田秀雄石材店様)を使用しています。
総使用才数は85.32才となり、目合わせ、色合わせにもこだわりを持ち、時間をかけさせていただきました。
普通は数日間で建立に至りますが、今回の場合、通路の確保や地盤補強もあり、工期は2ヶ月間と長期に渡りました。
途中、台風にも見舞われ苦労もありましたが、施主様に喜んでいただける製品となったと感じています。
また、製作責任者として、また石工として名前を刻ませていただくという経験は、自分にとって初めてでした。
祖父が名前を刻んだ製品が2つあり、「いつか自分もそんな製品を作りたい…。」そう思っていました。その思いが今回実現したことはとてもありがたく、嬉しく思っています。
何十年後かに、自分の孫がこの製品を見てくれることがあるだろうかと考えると感慨深くあります。
そして石工として最も願うことですが、施主様の元で代々後継者に引き継がれて大切にしてもらえる“お墓”になればと思っています。
国登録有形民俗文化財である「高原製粉精米水車場」の水路の石積みが長期的な土圧によって歪み、崩壊の可能性があるということで、補修のご依頼をうけ、工事をおこないました。
【国登録有形民俗文化財「高原製粉精米水車場」とは】
香川県高松市六条町に残る、日本国内最古級の水車場です。江戸時代に高松藩の御用水車として建設され、300年以上の歴史があります。
明治時代に高原家が購入され、水車の動力で、製粉・精米から製麺までを営まれていたそうで、そのことから「高原水車」と呼ばれるようになったそうです。
(現在は「高原水車友の会」(平田恵美会長)が保管され、定期的に一般公開もおこなっています。)
【伝統の工法を用いる】
補修の際に、元の石垣と同様の施工方法をとってほしいとのご依頼でした。
そのため伝統的工法である石材施工(石積み作業)一級技能士の施工方法にて補修工事をおこなうことになりました。
石垣の裏側をセメントで固めてしまうことができれば簡単なのですが、伝統工法での作業の場合、裏側をしっかり作っておかなければならず、内側からの支えと水はけの用途としての裏込めを大量に用いていくので、どうしても手間と時間がかかります。
特に、セメントでの施工と伝統工法で大きく違ってくるのが、裏込めの奥行きです。セメントの場合は石垣の裏側を30cm程度の厚みを掘れば十分ですが、伝統工法での今回の作業は石垣の裏をできるだけ深く掘り安定させる必要があります。今回は、水車小屋が崩落しないギリギリとなる1m以上まで掘り、奥行きをしっかり造作しました。
【元あるものを元に戻す】
新しい石を使い、新規の石垣を据えるのであれば簡単なことなのですが、今回においては一度解体した石垣を同じように組み直すことが必要でした。
今回の石垣が国登録有形文化財である水車の一部であるため、歴史的価値を守る必要があります。石垣を構成するひとつひとつの石にも歴史的価値があるということです。
それに加え、この石垣に使用している石が現在採石されていない由良石であったため、替えがきかないということもさらなる緊張を生みました。
解体した石垣を再度積み直すという作業はまるでパズルです。たった一か所でも向きを間違ってしまえば、元通りには再現できなくなってしまいます。かといって、今回の依頼の条件の中では、入らない石を切り落として組み込むこともできません。
また、石垣の積み方も職人によって異なります。外観から見えない部分は解体してみないと分からないところもあると考えられます。
そのため、一つ一つの石がどのような角度でどのように設置されていたかを記録する為、全ての石に特殊糊を使ったテープを張り付け、ナンバリングをおこないました。更に、上下左右、水平垂直も記し、図面と資料写真も合わせて作成しました。
作業途中でも必要があれば記録写真をのこし、再現のための万全の準備を施しました。
おかげで、パズルはずれることなく完成しました。石を組み合わせていると正確な位置にきたとき、コトっと音をたててぐらつきなくはまる瞬間があり、それが分かるのです。
石と石がきちんと揃うと、その石垣は丈夫で安定したものとなります。
【水路の上にある水車小屋(国登録有形民俗文化財)に影響させない】
更に、今回の場合は水路南側に国登録有形民俗文化財である水車小屋が建っていました。
そのため、補修工事によって、建物に影響することのないように、細心の注意を払いました。
建物側(南側)の石垣の上部に、水車小屋の屋根が差し掛かっているため、南側の石垣の裏込めを掘る作業は重機が使えず、手作業となりました。
つるはしやスコップなどを使い、4人がかりで8日間の手掘り作業となりました。
(写真は手掘り作業風景です。水車小屋を支える柱を一旦外す必要があったので、ジャッキなどを使い梁を支えることも必要でした。)
工事の期間は冬でしたが、それでも汗だくになるほどハードでした。
しかしながら、入念な下準備が幸いし、問題もおこらず順調に工事を完了することができました。
今回の経験は、文化財に関わる修復工事への自信につながったと思っています。また、もっと大きなもの…例えばお城の石垣などにも挑戦してみたいという思いも抱くようになりました。
今回の石垣補修工事は(株)大川石材にとって今までの経験と知識を活かすことのできる良い機会となりました。
これからもお客様の様々なご要望に対して丁寧で正確な技術力で対応することができるように更なる研鑚を続けてまいります。
パンフレット作成に至ったきっかけは、弊社の製品を取り扱っていただいている石材業者様から、「(株)大川石材がどういう加工工場なのかを顧客に説明できるものが欲しい」と言っていただいたことです。
構成は(株)大川石材の砥石研磨を追及するに至った経緯から、工程の見直し、研究の過程などをレポート風にまとめたものとなっています。
石材加工を説明する際、言葉だけで伝えようとすると、どうしても専門的で難しくなってしまいます。
そこを今回のパンフレットは、写真や図などで補い、分かりやすい表現を心がけました。
(株)大川石材では8工程の砥石研磨仕上げを標準採用しています。
精度の高い研磨は、汚れや風化に強く、高い耐久性を実現し、また、石にそなわる模様や色の美しさも際立たせます。
墓石とは受け継がれ、永く残していくものです。その墓石が時間を越えて美しさを保てることは、将来において本当のお客様の満足や喜びにつながると考えています。
今回、自社のパンフレットを作成することは、石職人としての心構えを再確認する良い機会になったと感じています。
これからも、作る立場ではなく、常にお客様の立場に立って考え、「ここなら納得のいくものを作ってくれる」と思って頂ける株式会社 大川石材であるために、社員と共に最高の品質と技巧を追及し続けてまいります。
株式会社 大川石材ではこの度『庵治石細目プレミアムサンプル』を作成いたしました。
庵治石細目プレミアムサンプルは、採掘元 有限会社 太田秀雄石材店・加工元 株式会社 大川石材で製造する「庵治石細目(最上級材0番)限定になっています。
気品漂う石目の美しさはもちろんのこと、安定供給・アフターサービス・長尺・大型墓石の対応など、サンプルをご覧いただくだけでは判別できないソフト面まで総合的評価し、お勧めしております。
販売店様の庵治石販売促進にお役立ていただけるように、プレミアムサンプルの蓋には『庵治石』の特長や歴史についての説明も記載しています。下の写真のように、蓋を立てて設置すればそのままPRツールとしてもご利用いただくことができます。
プレミアムサンプルの箱の色は『庵治石』の石目の邪魔をせず、尚且つ濃いグレーの色味を引き立てるために、漆黒を選んでおります。また、厚みや手触りも心地よさにも留意いたしました。
販売店様に『庵治石細目プレミアムサンプル』をご利用いただき、庵治石の魅力が広く伝わるきっかけになればと思っています。
弊社としても、“箱に入れる”という作業を経ることで、『庵治石』の美しさや価値を再認識することができました。
一枚の石材サンプルも、お客様にとっては重要な判断材料の一つであるということを心に留めて、これからも提案力を高めていくことに努めたいと思っています。
「あじストーンフェア2017」にも出展いたしました和泉砂岩のご紹介です。
和泉砂岩は江戸時代から昭和にかけての墓碑や石造物に使用されており、かなり古いものも存在します。中には経年変化した和泉砂岩製墓石なども見られ、今後、修繕修復加工の対応が必要となってくると思われます。
また近年使用されていなかったことから逆に新鮮であり、新たな石材の提案にもなるのではと感じております。
ノミやビシャンでの打撃力を加えず、研磨も低温でおこなうため、従来よりも傷みにくい製品加工が可能です。
希少となった国産グレー系の和泉砂岩を使用し、伝統的な手加工仕上げ方法で供給することができます。
江戸後期に当時の高松藩主により、徳川家康を祀るため屋島東照宮の造営が行われました。
その時に現在の大阪府より、日本で一番高度な技術を持つ『和泉(泉州)石工』を多数呼び寄せたと言われています。
和泉石工の子孫は今も庵治石産地で石工の技を磨き続けています。
江戸から昭和にかけての墓碑や石造物に使用されていることがあり、その修繕に利用することができます。
和泉砂岩は補修に適した全国的にも希少なグレー系の砂岩です。
花崗岩に比べて砂岩は軟質ではありますが、現代の加工技術によって従来よりも耐久性のある製品化が可能です。
かつての和泉国(泉州)、大阪府南部の山間で古くから採石されている堆積岩です。江戸~昭和にかけ各地で使用され、今も多くの丁場跡があります。
青緑色を呈することから和泉青石とも呼ばれます。
軟質ですが粘りがあるため御影石ではできない繊細な加工が可能で、風格のある独特な色味は他に類を見ません。
平成29年6月10日(土)~11日(日)にサンメッセ香川にて開催された「あじストーンフェア2017」に出展いたしました。
お忙しい中、また遠方からも多くのお客様にお越しいただいたことに感謝申し上げます。
「和泉砂岩製墓石の部材交換対応」「石造文化財等の修繕修復加工対応」などの、新たなご提案と、ご紹介のために和泉砂岩の墓石を展示いたしました。
詳しくは、来月のニュースにてご報告いたします。
【8寸二重台 和泉砂岩 8.72才】
写真左より
8寸三重台 庵治石中目(最上級材A)9.85才
8寸五輪塔二重台 庵治石細目(最上級材0番)9.93才
10寸宝篋印塔上下蓮華付三重台 庵治石細目(最上級材0番)18.18才
写真左より
10寸角布団付四重台 墓誌付 庵治石細目(最上級材0番)28.79才
10寸三重台 墓誌付 大島石(特級石善-碧)17.88才
庵治石や産地の成り立ちに、少しでも触れていただければと思い
庵治石誕生から、平安時代~江戸時代~現代と、採石から技術発展
産地形成の歴史を巻物調にまとめました。
また、今回は展示品の背景に、春夏秋冬の花を配することで、年月を越え、どの季節においても墓石の存在が不変であることをお伝えするとともに、一年一年研鑽を重ね、末永く貢献していきたいという弊社の思いを表現いたしました。
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